Curtain raiser
ピュー慈善財団・環境グループ(Pew Environment Group)主催による本シンポジウムは、2007年4月にニューヨークに於いて行われた第1回PEW鯨類シンポジウムに続いて2度目の開催であり、「クジラ保護枠組みの未来」に関して2008年3月に開催される国際捕鯨委員会(IWC)の会期間会合に先立って行われるものである。
PEWシンポジウムの目的は、商業捕鯨再開支持派と現行のモラトリアム(商業捕鯨の一時停止)継続支持派との間で現在、膠着状態となっている現状打開のため、共通の方策を見出すことである。ニューヨークで開催されたシンポジウムでは、クジラ保護団体、科学者、政府関係者および“IWC関係者”などが一同に会したが、東京でのシンポジウムでも前回の方式を継続し、主要な捕鯨支持国の中心地に於いてオープンな対話を促すものである。討議の中心テーマは、日本の見解、紛争管理、生物多様性、今後の方策、IWCの交渉プロセスとその将来等である。
IWCとの関連におけるクジラ保護に関する歴史
大型鯨類のいくつかの種は、500頭以下という個体数となって極めて絶滅が危惧されるものがあり、その他の多くも元々の個体数の何分の一というレベルとなっている。こうした現況を招いた要因は、中世の早い時期から始まり、国際捕鯨委員会(IWC)で1982年に採択・発効した商業捕鯨のモラトリアム措置により1986年に正式に終了となった、商業捕鯨である。1960年代には猛烈な捕鯨活動が行われ、約70,000頭のクジラが毎年捕獲されていたことが多くの種にとって特に危機の原因になったと考えられる。しかし、先住民による生存捕鯨や調査捕鯨として、あるいは1982年モラトリアムに対する公式な反対の下で、今日でも捕鯨が行われている。
1946年に締結された国際捕鯨取締条約 (ICRW、「条約」)は、“鯨族の適当な保存を図って捕鯨産業の秩序のある発展を可能にするため”、現在、捕鯨に対して規制を行っている。 1949年の発効により、ICRWは、国際捕鯨委員会(IWC)を設置した。その主たる任務は、捕鯨規制のための措置を定める条約に対して、適宜、附表について調査・改訂を行うことである。これらの措置としては特に以下が挙げられる: 特定の種あるいは資源の完全なる保護、捕鯨禁止区域(サンクチュアリ)の指定、鯨類の個体数および大きさなどの捕獲枠の設定、捕鯨解禁期および禁漁期・捕鯨水域の規定、授乳期の幼鯨または幼鯨を伴う雌鯨の捕獲制限などである。検査方法に関する諸規定を盛り込み、「捕鯨船」の定義に航空機も含める定義の拡大を行った1956年の議定書改正を除けば、1946年以降、条約本体の改正は行われていない。
ICRWを公式に遵守するあらゆる国に対してIWC委員になる道が開かれており、現在は78名の委員がいる。各締約国からは政府代表(Commissioner)が選ばれ、専門家およびアドバイザーらがその補佐を務める。IWCは毎年会合を行い、2008年5月にはチリ・サンティアゴに於いてIWC年次総会が開催予定だが、これに先んじて本年3月にはIWCの将来について討議するための会期間会合を英国・ヒースローにて開催予定である。
IWCには、発足以来、科学委員会、技術委員会、財務・運営委員会という3つの主要な委員会がある。技術委員会が活用されることがなくなったが、新たな保護委員会が発足し、2004年に初会合が行われた。その他に、先住民の生存捕鯨の問題や条約違反(規則違反)に対処するための下部委員会や幅広い問題を解決するためのアドホックワーキンググループ(特別作業部会)がある。
条約は、附表の改正は「科学的な知見に基づくものとする」ことを定めている。そのため、IWCは、主に加盟国政府からの推薦を受けた世界有数の鯨類生物学者約200名から構成される科学委員会を発足した。科学委員会は、IWC年次総会の直前に約2週間の会合を行うが、会期間に会合を行う場合もある。
科学委員会の情報と助言は、IWCが附表に盛り込まれる捕鯨規制を策定するための基礎を成すものである。附表の改正には、IWC委員による多数決で全体の4分の3という賛成票を必要とする。各種規定は、IWCの採択を受けた後、条約加盟国の国内法を通じて実施される。
近年になって科学委員会は鯨類資源の包括的評価の作業に集中し、その結果、様々な鯨類資源の捕獲枠設定において適用する改定管理方式(RMP)が策定された。改定管理方式(RMP)は1994年にIWCの受諾・承認を受けたが、未だ実施には至らず、改訂管理制度(RMS)の交渉は決着がついていない状況だが、1996年以降の交渉の下で、今後はRMPの遵守を確保するための検査および観察に向けた枠組み構築を行うことになる。
1982年のIWC年次会合で、1985/86年以降、すべての鯨類資源の商業捕鯨の一時停止(モラトリアム)に対する決議が行われた。日本、ペルー、ノルウェー、 ソ連が自国への法的拘束力が及ばないようモラトリアムに対する異議申し立てを行った。アイスランドは、意義申し立てを行わなかったものの1992年にIWCを脱退した。2002年にアイスランドが再加盟した際にモラトリアムに対して遡及的に異議申し立てを行って2006年に捕鯨活動を再開したが、2007年8月に鯨肉の需要不足により捕鯨は一時中止されることとなった。今日、捕鯨国と考えられるのは、ノルウェー、アイスランド、日本だけであるが、ノルウェーとアイスランドがそれぞれの異議申し立てを引き合いに出しつつ、日本は調査捕鯨と称しつつ、捕鯨活動を行っている。さらに、デンマーク(グリーンランド)、ロシア、セントビンセントおよびグレナディーン諸島 、米国(アラスカ)の先住民コミュニティーの一部が生存捕鯨に従事している。
モラトリアムに加えて、インド洋(1979)および南洋(1994)に 2つのサンクチュアリが設定された。
IWCでの議論は高度に分極化している。捕鯨論争のなかで提起されている主な論点は、クジラを捕食動物と見なし漁獲管理目的で“処分(淘汰)”すべきであるという考えを容認できるかどうかという問題である。さらに、捕鯨支持国が提案しているモラトリアム解除と現行のサンクチュアリ廃止については、ICRWの目的として特に“鯨類資源の最適活用” と定められた規定に違反する規制なのかどうかという点が問題となっている。一方、反捕鯨国は、モラトリアム措置にかかわらず、近年、特に科学調査を目的としてクジラを殺すことを認める特別許可証の利用によって、漁獲量が次第に減少しているとして懸念を表明している。IWCのデータによると、 2006-2007年に捕獲されたとの報告がある1826頭のクジラのうち、926 頭が日本とアイスランドの調査捕鯨によるものだった。これによると、日本は、ミンククジラ705 頭、ナガスクジラ3 頭、 マッコウクジラ6頭、 イワシクジラ101頭、ニタリクジラ51 頭を捕獲したと報告している。また、アイスランドは、ミンククジラ60 頭を捕獲したと報告している。2006-2007年には、モラトリアムへの異議申し立ての下、ノルウェーはミンククジラ545 頭を捕獲、アイスランドはナガスクジラ7頭とミンククジラ1頭を捕獲している。先住民の生存捕鯨としては、2006年にミンククジラ (西グリーンランド) およびコククジラ(ロシア・チャクチ族)を中心に374頭が捕獲されたと報告されている。
CMS COP-7: ボン条約(「移動性野生動物の保全に関する条約」)第7回締約国会議は2002年9月、ドイツ・ボンに於いて開催された。同会議では、ナガスクジラ、イワシクジラ、マッコウクジラを同条約の附属書IおよびIIの規制対象種とし、南極ミンククジラ、ニタリクジラ、およびコセミクジラを附属書II の規制対象種とする決議を行った。
CITES COP-12: ワシントン条約(「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」)第12回締約国会議(以下、CITES)は2002年11月、チリ・サンティアゴに於いて開催された。ミンククジラおよびニタリクジラの鯨類二種を条約附属書Iから附属書IIへ移行させるという提案などが否決された。
IWC-56: 第56回IWC年次総会は(IWC-56) は2004年7月、イタリア・ソレントに於いて開催された。南太平洋および南大西洋におけるサンクチュアリ設定をもとめる提案は採択に必要な4分の3の支持票を獲得できなかった。その他、南洋サンクチュアリ廃止案、南極ミンククジラの捕獲割当案、沿岸小型捕鯨の割当案など、日本からの提案はすべて否決された。
CITES COP-13: 第13回CITES締約国会議は2004年10月、タイ・バンコクに於いて開催された。日本からは、RMSの完了・実施を求める決議案とミンククジラ3種をワシントン条約附属書IからIIへ移行する提案が出されたが、いずれの提案も無記名投票により否決された。
IWC-57: 第57回IWC年次総会は2005年6月に韓国・蔚山に於いて行われた。日本からは、無記名投票という投票方式の拡大や、モラトリアム撤廃等を目的としたRMSの改定、現行の南洋サンクチュアリの廃止、沿岸地域によるミンククジラの年間捕獲割当150頭の許可などを求める提案が出されたが、IWC はこれらの提案を否決した。また、ブラジルとアルゼンチンからは、南大西洋サンクチュアリに関する提案が出されたが、必要な4分の3の支持票が得られなかった。また、南極における調査捕鯨を目的とした漁獲量に関する日本提案を撤回もしくは修正するよう日本政府に強く要請する内容の決議案が可決された。
CMS COP-8: CMS COP-8は2005年11月、ケニア・ナイロビに於いて行われ、クジラ目の保護に関する決議8.22を採択した。この決議は、特に、すべての関連セクターにクジラ目の保護を盛り込むよう求め、CMS事務局と科学委員会(Scientific Council)、IWC、その他の国際機関などの間で連携を図るよう促すものである。
IWC-58: 第58回IWC年次総会は2006年6月、セントクリストファー・ネーヴィス(セントキッツ・ネーヴィス)のフリゲートベイで行われた。RMS交渉が膠着状態になったとのことで参加者の意見が一致した。ブラジルとアルゼンチンによる南大西洋サンクチュアリ提案は投票にかけられなかった。沿岸地域によるミンククジラの年間捕獲数150頭の割当許可および南洋サンクチュアリ廃止をもとめる日本からの提案はまたもや破れる結果となった。 捕鯨特別許可に関して何らの合意に至ることはなかった。一方、IWCは日本など数カ国から提案された「IWCの機能の正常化」に取り組むことを明記した「セントキッツ・ネーヴィス宣言」を採択した。同宣言に反対票を投じた幾つかの締約国は、宣言が採択された後、正式にIWCとの関係を断った。
正常化会合: IWC正常化会合は2007年2月12-16日、「資源管理組織としてのIWCの機能を再開させるための具体的措置の提示」を目的として、日本・東京で開催された。日本はIWC加盟国すべてを招聘したが、同会合に出席したのは35ヶ国のみという結果だった。しかし、不参加に対するIWCから公式な制裁はなかった。IWC加盟国のうち26ヶ国が不参加を決め、結局、同会合では無記名投票に対する要望や沿岸地域によるミンククジラの捕鯨枠拡大を求める日本案などを含め、2007年のIWC年次会合に向けて一連の提案を出すということになった。
PEW鯨類シンポジウム: 第1回ピュー慈善財団主催鯨類シンポジウムは2007年4月12-13 日、米国・ニューヨークに於いて行われ、保護団体や科学者、政策専門家ならびにIWC関係者ほか、内外から参加者が集まった。現在の取決めについては、異論が多いものの、クジラ保護のために利用できる最善策であるとの意見が一部から寄せられた。また、現状を改善するための方策として多くの提案が出された。例えば、調査捕鯨の利用撤廃もしくは制限を目ざした条約の修正、新ルールへの条件付け(あるいは脱退)などの規定廃止、例えば独立世界委員会といった組織の設置による、“より上位の監督機関”を通じた紛争解決、閣僚会議の実施、あるいは相互合意に基づく法的拘束力ある調停・仲裁手続きなどに関する提案などがあがった。また、捕鯨に対する政府補助金制度の問題を含め、捕鯨の経済問題についても研究すべきだという提案や、今後もこうしたシンポジウムの開催をもとめる声もあがり、日本で第2回会合を開催する運びとなった。
IWC-59: 第59回IWC 年次会合は2007年5月28-31日、アラスカ・アンカレッジに於いて行われた。ブラジルとアルゼンチンから南大西洋のサンクチュアリ(禁漁区)の設定に関する提案が出され、再度投票を行ったが、4分の3の多数決による支持を獲得するには至らなかった。また、先住民生存捕鯨に関しては、2008-2012年にアラスカのイヌイットがホッキョククジラ280頭の捕鯨割当が認められた。IWCは、日本に対し、ひきつづき調査捕鯨の許可証の発行を差し控えるよう求める決議を可決した。また、クジラの致死的調査、CITESとの関係性、小型捕鯨などに関する決議が出された。日本の沿岸地域によるミンククジラの捕獲に関する問題については、コンセンサスが得られなかった。 鯨類シンポジウム速報(The Whale Symposium Bulletin) は、The Earth Negotiations Bulletin © <enb@iisd.org>の発行元である、国際持続的発展研究所(International Institute for Sustainable Development:IISD)<info@iisd.ca>が発行しています。本号の執筆および編集は、Nienke BeintemaおよびKate Nevilleが担当しています。 デジタル編集者は、Langston James “Kimo” Goree VIです。日本語翻訳:森 明生(Aki Mori)。編集: Pia M. Kohler, Ph.D. <pia@iisd.org>。IISD Reporting Services(速報配信)の制作責任者は、Langston James “Kimo” Goree VI <kimo@iisd.org>です。本会合の取材報道のための資金はピュー慈善財団(The Pew Charitable Trusts)・Pew環境グループより提供されています。IISDへのお問い合わせ先: 161 Portage Avenue East, 6th Floor, Winnipeg, Manitoba R3B 0Y4, Canada; TEL: +1-204-958-7700; FAX: +1-204-958-7710。本誌に掲載されている意見は執筆者によるものであり、必ずしもIISDとしての見解を反映するものではありません。他の出版物にBulletinの文章を使用する場合は、学術的に適切な引用を行ってください。Bulletin電子版は、Eメール配信リスト登録者に送信され(HTML版・ PDF版)、 Linkagesウェブサイト上にも掲載されます。 <http://enb.iisd.org/>レポートサービスのご依頼を含めたBulletinに関するお問い合わせ先:IISDニュース配信制作責任者 <kimo@iisd.org>、 TEL:+1-646-536-7556、または、300 East 56th St. Apt 11A, New York, NY 10022, USA。IISD第2回PEW鯨類シンポジウム担当者Eメール連絡先:<nienke@iisd.org>。 | IISD RS "Linkages" home ホームに戻る | IISDnetを見る | IISD RS e-mailを送信 | © 2008, IISD. 不許複製・禁無断転載。